震災復興のシンボル「第三明神丸」焼津港出航

こんにちは下田です。

皆さんの中でも「第三明神丸」って聞いたことがある方もいらっしゃることと思います。

あの東日本大震災の時気仙沼港で津波により岸壁に打ち上げられ倒れることもなくそのままの形で残っていた大型のマグロはえ縄漁船(800t)です。

“軌跡の船”と言われTVや雑誌、マスコミでも大きく取り上げられ、この度の津波の力の大きさを表現する“象徴”として取り扱われていました。

その後は震災の復興、特に“漁業の復活のシンボル“として陸に打ち上がった第三明神丸を港に戻し、再び漁に復活させようとして色んな機関や人々が支援をして来ました。

 

その第三明神丸の“船労長”つまり船頭(船の中で一番の責任者)が実は私の義兄なんです。
(これすごく自慢なんですが、船頭の奥さんと私の女房が姉妹で現在焼津に居住しています。震災時危うく危機一髪で難を逃れ5ヶ月半焼津にて復活の準備を進めていました)

実は今日8月22日は修理が終わり復活した“第三明神丸”オーストラリア沖の漁場に向け一年半の“復活の船出”の日なんです。

午前11時に焼津港を出港、親族や関係者またはテレビカメラの見送りの中無事船出をした様子をご案内します。

 

自宅にて船頭の誕生日祝いに復活祝いの大漁旗を兄弟一同にてプレゼント
(船頭の誕生日は8月14日 今まではほとんど海の上なので今回18年ぶりのお祝いです)

8月22日 焼津港出航準備 船は前よりもきれいになっていました
清水 三保造船所にて東北出身の技術者が船を修理
(先日のTV特集でも取り上げられていますした)

TV局の取材も来ていました。
(三保から焼津港までの試運転の時にもTVカメラが乗船して取材していたとのこと)

 

兄弟で造った大漁旗が意気揚々と風になびいていました。
(家の中で見たときにはあんなに大きかったのに掲揚すると小さく見えま

 

出航直前に船頭が見送る人たちに感謝と意気込みのあいさつをして大漁を誓っていました

大きな船体をゆっくりと操船しながら外洋へと出航です

一年半の長い船出ですが航海の無事と大漁を祈って見送りました。

行ってらっしゃい!そして日本に東北の漁業の復活をアピールできるように頑張ってきてください。

フレーフレー船頭!フレーフレー第三明神丸!。

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